あしあとモンチッチーズ

なんかいろいろ好き勝手書いてます

キャラ紹介67 出てこないなかまたち

正直まだまだいると思います。何か発見があったらコメントで是非。

f:id:untikun:20190822232116p:plain

ひたすら画像もない長い文章が続くので以下ボタンを押して読んでもらうことにしましょう。覚悟はいいか?オレはできてる。

 

機関車

コーヒーポット機関車(Coffee Pots)

むかぁーし、むかし、のおすうぇすたん鉄道が、てぃどます・なあっぷふぉおど・えるすぶりっじ鉄道じゃあったころ、若きエンジニアだったトップハム・ハット卿が設計した垂直ボイラーを備えた4輪の小型タンク機関車たち。つまり、モデルの居ない架空の機関車であるッ!だがこれはッ!!本編に大きく関わりの無い物語であるッ!!!その垂直ボイラーの形状と積載してる水の汚さからついたあだ名が「コーヒーポット」というわけである。ポをボに変えたらサイバトロンの部隊名みたいになるよ。お、おう。やがてティドマス・ナップフォード・エルスブリッジ鉄道から北西部鉄道(ふとっちょの局長の鉄道)へと名前を変えると同時に彼らはファーカーの支線のみの運用になり、その仕事も後にトーマスが代わることになる。トーマス就任後もバックアップ機としてファーカー採石場(メイビスの働いてるところだよ)で活躍し続けたが、最終的に廃棄されてしまった様子。当時ファーカー駅駅長だったケビン・バレーの手紙によると少なくともトビー就任時(1951年)には2台の存在が確認されている。

 

国防省の機関車(Ministry of Defence Engine)

1960年に国防省に売却され、頑丈な門で立ち入りを禁じられたスカーロイ鉄道(高山鉄道)のスレート採石場を走る国防省電気機関車たち。黒い甲虫のような彼らは周囲に誰も居ないときのみそこを訪れ、鉱山から残った弾薬を"とある場所"へと運搬していくのが仕事。その隠密性故に、誰も彼らの姿を見たことはない。

 

ドーアドメインランド鉄道の1号機関車、3号機関車(Sodor and Mainland Railway Numbers 1 and 3)

下記事にて掲載。1901年ニール含む最後の一機が廃車。

onara.hatenablog.com

 

マークV(Mark V)

下記事にて掲載。スカーロイ鉄道のガソリン式トロッコ

onara.hatenablog.com

 

中央ソドー鉄道の機関車たち(Other Mid Sodor Railway Engines)

下記事にて掲載。ただし一部wikia情報につき信憑性に欠けていることをここに記す。

onara.hatenablog.com

 

シェーン・ドゥーイニー(Shane Dooiney)

5号機関車は、しゅうりにだされたままです。

onara.hatenablog.com

 

ブリスター1号とブリスター2号(Blister I and Blister II)

ちんまり/ちっちゃな鉄道ことアールズデール鉄道建設にあたり1966年に購入された2台のディーゼル機関車。鉄道建設後も保線業務用に残された。保線要員多くね?その名前は冬の朝のかかりにくいエンジンを意味していると考えられている。双子だがモデルとなった機体は1機のみのレーブングラス・アンド・エスクデール鉄道の「シリル」。一人から二人へ、おもしろいね。

 

シグリッド・オブ・アールズデール(Sigrid of Arlesdale)

アールズデール鉄道の技師アイヴァン・フェーリエが設計、1969年にセヴァーン・ラム(エンジンは後程パーキンス社のものと取り換えられる)にて製造された油圧式ディーゼル機関車。つまりちんまり/ちっちゃな鉄道では初期段階からディーゼル機関車が4台もいたことになりますね。人手不足でジョック造った割には結構いるじゃねーか。彼女の仕事は作業員の送り迎えで、時々レックスたちの助っ人としても動員される。シグリッドの名は1094年のノルマンのソドー侵攻の時に活躍したサドリア人の女性に由来する。モデル機はレーブングラス・アンド・エスクデール鉄道の「シェラー・オブ・エスクデール」。

 

Barry is dead but not yet buried!(バリーは死んでしまったが、まだ埋められちゃあいない)―「The Thomas the Tank Engine Man」第15章より

バリー(Bally)

言ってしまえば没キャラ。80年代から構想はできていたようで39巻辺りで日の目を見ると考えられていた。38巻にてウィルバートと同型の蒸気機関車を購入すると説明がされていたが、それとはまた別の機関車の模様(38巻は1994年刊行)。

 

f:id:untikun:20190822230205p:plain
ピール・ゴッドレッド線の機関車たち(Peel Godred Engines)

ソドー島唯一の電化路線ピール・ゴッドレッド線を走る電気機関車たち。原作37巻にて電化路線が描かれたこと、TV版から派生したマガジン版や絵本(どちらも後期原作者であるクリストファーが執筆)においても電気機関車が登場することから、その存在が示唆されていたが、2005年(原作者ウィルバート・オードリー牧師死後)とうとう原作関連本「Sodor: Reading Between the Lines」内にて明記され、原作最終42巻において言及のみではあるが出演を果たした。設定のみじゃねーじゃん。貨物運送には国鉄の86、87型が主に使用されており、旅客運搬には各車両に動力が分配されたマルチプルユニット機(日本の電車と同じような奴です)が採用されている。画像は2001年刊行の絵本「More Bad Days for Thomas and his Friends」より。こちらもまた牧師没後。

 

ふとっちょの局長の鉄道に所属する作中記述の無い機関車たち(No Documented The North Western Railway Engines)

ハット卿の鉄道には最低でも80台の機関車が所属しており、その大部分は作中に未登場らし…80!!??!? TVより多くない!!?

 

非動力車両

エルシー(Elsie)

実はトビーとヘンリエッタの他にもう一台ついてきていた。彼女は車掌車で、いつもヘンリエッタの後ろにつき荷物を積む…らしいぞ。

 

 

 

人間

ケビン・バレー(Kevin Volley)

1903年ファーカーにて誕生。1915年、12歳からふとっちょの局長のもとで働き始め、以後1921年にはナップフォードのポーター、1927年にはエルスブリッジの切符販売員に昇進し、1936年にファーカー駅駅長となる。以後ナップフォードからクロンクへと駅長職を転々とするも1968年65歳で引退。ファーカー駅で余生を過ごす。

1983年、やせすぎ牧師(その正体は原作者レヴランド・ウィルバート・オードリー)がソドー島の歴史をまとめた書籍を書くにあたって貴重な情報の証言、記述の監修などに協力した。

 

バーバラ・ジェーン・レガビー(旧姓:ハット)(Barbara Jane Regaby(nee Hatt))

初代トップハム・ハットの娘で2代目局長チャールズ・トップハム・ハットの姉。1911年生まれ。1938年にハーウィックの伯爵であるヘンリー・レガビーと結婚した。

 

ヘンリー・レガビー(Henry Regaby M.C.)

ハーウィック卿アルバート・レガビーの息子。初代トップハム・ハット卿の娘バーバラ・ジェーン・ハットと1938年に結婚。つまりあのつるピカハゲ丸(言いたい放題である)の義理の息子ということになる。

 

アマンダ・ハット(旧姓:クローリー)(Amanda Hatt(nee Croarie))

2代目局長チャールズ・トップハム・ハットの妻でスティーブン・ハットとブリジット・ハットの母親。

 

ジェイブズ・クローリー(Jabez Croarie)

ファーカーで最初に採石を始めたおじさん。ふとっちょの局長を説得し、エルスブリッジ高架橋への材料無料提供とハッケンベックのトンネル工事費用半分負担の条件でファーカー採石場への線路を敷かせた。がっつり。息子に治安判事のジョン・クローリー(John Croarie)、娘に局長夫人となるアマンダがいる。

 

ロバート・サム(Robert Sam)

下記事にて掲載。スカーロイ鉄道の先代支配人。

onara.hatenablog.com

 

デビッド・ヒュー 1世(David Hugh I)

先代「作業長のヒューさん」。機関車たちとほっそり重役と共に廃止寸前のスカーロイ鉄道で機関士としても頑張ってた。重役の方は機関士以外ほとんどをこなしていた。1951年のハンデル卿の死去に伴いロバートともども引退、役を息子のアイボに継承させる。

 

ビアトリス(Beatrice)

ロバート・サムの数多くいる姉妹のうち一人。ナンシーのひいおばあさん。

 

ピーター・バレーン卿(Lord Peter Barrane)

カルディー・フェル登山鉄道の初代オーナーでにカルディー・フェル山の地主。最初は山地での鉄道経営にはためらいがあったが、スカーロイ鉄道に地元カーク・メイシャンの観光客をとられたことで考えを一変、1987年、自身の山に鉄道を敷くことにした。

 

ハリー・バレーン卿(Lord Harry Barrane)

1963年よりカルディー・フェル登山鉄道の現オーナー。ピーター・バレーンの遠い血縁者。1965年に各鉄道が共同出資したアールズデール鉄道(ちんまり/ちっちゃな鉄道のことさ)設営委員会の会長も務めた。1980年代には自身の経営する登山鉄道の湖ポル・ニー・クリンクをソドー島の自然環境保護団体に野生動物保護区として贈呈する。

 

ラナルド・ドリクスン大佐(Colonel Ranald Drixon)

アールズデール鉄道(ちんまり/ちっちゃな鉄道のことだす)設営委員会の会長。元々ドリクスン家は1067年にアールズデールの南にあるカークレスの谷に腰を下ろした由緒ある一族だったが、1977年に遺産税の事情によりその地から出ていくことを余儀なくされてしまった。以後はアールズデール・グリーンのちんまりした家に移住。

 

ヘイレン・ハット(旧姓:マーガレット)(Helen Hatt(nee Margaret))

1970年に結婚した3代目局長スティーブン・ハットの妻であり、歴史家でもあるニコラス・ドレスウィック牧師の遠いいとこの孫娘。ドレスウィック牧師はスティーブンの伯母のバーバラの夫のヘンリーの父のアルバートのいとこでもある。つまりどういうことだってばよ。

 

リチャード・トップハム・ハット(Richard Topham Hatt)

ティーブンとヘイレンの長男で未来の4代目トップハム・ハット卿。祝え!1972年生。物語終了時点の2011年で父スティーブンは70歳だが未だ交代のめどは立っていない。

 

チャールズ・ニコラス・ハットとエミリー・ヘイレン・ハット(Charles Nicholas Hatt and Emily Helen Hatt)

ティーブンとヘイレンの間にできた次男と長女。ニコラスは74年生、エミリーは77年生。

 

ソドー島史の人間

シグルド伯(Earl Sigurd of Orkney)

「頑強なシグルド(Sigurd the Stout)」と知られるオークニー諸島の伯爵でバイキング。実在した。史実ではオークニーを代表してノルウェーの王オーラヴ1世からのキリスト教の洗礼を淡々と同意した人物と知られているのだがこれに加えて「汽車のえほん」内の設定では982年にマン島を、984年にソドー島を支配しようとし、989年にソドーとマンの王ゴッドレッド・マックハロルドとその息子2人を殺害。以後1014年にアイルランドで戦死するまでソドー島とマン島を支配し続けた。

 

ハロルド王(King Harold)

かのマン島とソドー島の王ゴッドレッド・マックハロルドの息子。通称ハロルド・ザ・ブラック。987年生、1047年没。王即位期間は1014年から34年の20年間。彼が2歳の時父親マックハロルドと2人の兄弟がマン島で殺害され、残った母親はハロルドと姉妹グドゥンを連れてスコットランドアイラ島に逃げる。1014年対立者シグルドが倒れ、後継者ソルフィンがまだ両島を統治できるほどの年齢ではなかったことを見て、ソドーとマンの王に即位し父の王国を取り戻した。だが1063年に息子がソルフィンに殺され、ハロルド自身もアイスランドに亡命。ソドーとマンの権力は再びシグルド一派に渡ってしまうのであった。地名ホールトラフとハーウィックは彼に由来すると考えられているが私には何のことだかさっぱりわからない。Har-の部分?

 

ソルフィン・シグルドソン(Thorfinn)

1009年に生まれた「偉大なソルフィン(Thorfinn the Mighty)」として知られるシグルドの末っ子。実在した。ソドー島史においては1014年シグルド派が少数であったこと、自身がまだ5歳であったことが原因でハロルドの王即位を許してしまう。だが1034年にハロルドの息子を殺害、ハロルドをアイスランドへ追放、ハロルドの代わりに"名目上の"王としてフィグナルを即位させる。しかしソルフィンの両島での権力は1063年には弱まってしまうのだった。1065年没。

 

フィグナル(Fignall)

ソルフィンがハロルドのポストを埋めるため(奪うため)に仕立て上げた"名目上の"ソドー島とマン島の王。暴君のごとく!振舞うため、ソドー島民たちはハロルドの帰還を望むようになる。

 

ゴッドレッド・クロバン(King Godred II Crovan)

実在したマン島の君主。史実では正確な出生は不明とされているが「汽車のえほん」内の設定ではアイスランドに亡命したハロルドが1044年にアイスランドの少女ゲルダ(Gerda)という女性と結婚して翌1045年に生まれた計2番目の息子とされる。その2年後父ハロルドは亡くなる。

1056年、ソドー島からの使いクロンクのシグルド(前述の同姓同名のオークニー諸島伯爵とは無関係である。多分)に迎えられ、母と共に父の故郷へ移住。シグルドはゴッドレッドの育ての親となり、シグルドから王になるための教育を受ける。1065年にソルフィンが亡くなったことにより、ソドー島民たちの支持を受け王の座に即位。

1066年には史実同様スタンフォードブリッジの戦い*1ノルウェー側で参戦し(史実上では傭兵として参戦した説が有力)、そこで敵軍の将校ソルケルと知り合い、友達になる。ソルケルを迎え、彼とシグルド(※クロンクの方)の息子オグムンドにソドー島の統治を任せ、1079年スカイヒルの戦いでダブリンとマン島の君主になる(ここで史実と合流)。彼のマン島王朝は200年続き、今も続くマン島の立法機関「ティンワルド」はゴッドレッドが創設したものだと「オグムンド・サーガ」には記されている。オグムンド・サーガは史実ではないことにご了承を。

1089年に4000人のノルマン人から侵攻を受けるも、300人の兵士を引き連れてソルケルたちの到着までクロバンズ・ゲートを守り抜いた。その後巧妙な作戦でノルマン人たちをひっとらえる。1095年、病で死去。彼自身の意向でアイラ島に埋葬された。

 

クロンクのシグルド(Sigurd of Cronk)

またシグルドかい。ソドー島民なのでこちらは架空。そしてこのクロンクはあの陸橋のあるクロンクでいいんだと思う。暴君フィグナルに迷惑したソドー島民がハロルドを求めてアイスランドに送った使者。1056年にハロルドの息子ゴッドレッドを発見する。しかし、当のハロルドはとっくに亡くなっており、彼は残された息子ゴッドレッドの育ての親になることを息子オグムンドと共に決意し、ゲルダ、ゴッドレッドと共にソドーに帰還。ゴッドレッドが父ハロルドの王国を取り戻せるよう特訓をつける。シグルドは妻ヘルガ(Helga)の死後にゲルダと再婚、シーグムンドを儲ける。1063年死去。この2年後にソルフィンが亡くなり暴君フィグナルは失脚、ゴッドレッドは王の座につくのであった。

 

オグムンド(Ogmund)

1043年クロンクの方のシグルドと前妻ヘルガの間にできた息子でゴッドレッドの義兄弟で親友。父親シグルドの跡を継ぎゴッドレッドをサポートする。ゴッドレッドの王即位後は王の伯爵(Jarl)、副王となる。ゴッドレッドがダブリンへ向かってからはソルケルと共にソドー島の統治を任され、ソルフィンやフィンガルの残る手下たちを島から追い出した。ゴッドレッドに尽くし続けるも1079年にスカイヒルの戦いで死去。ゴッドレッドは忠臣であり兄、大親友でもあった彼の死に深い悲しみに暮れたという。

 

ノリッチのソルケル(Thorkell of Norwich)

イングランドの王ハロルド2世ことハロルド・ゴドウィンソンの将校。捕虜になっていたゴッドレッドと仲良くなり、彼の保釈金としてソドー島の土地を約束される。1067年ソドー島に移住。1068年にはオグムンドの娘ガイダ(Gyda)と結婚。彼とその子孫が住んだ約束の土地は後に彼の名前を由来に「ケルスソープ」と名付けられる。ソルケルの「ケル」ね。

 

ウルフ(Ulf)

ソルケルの信頼できる副官。1070年に湖のある地を任され、そこに城を構えた。1078年に追放され、その城は1404年にノーマンビー卿の手に渡ることになる。後のウルフステッド城であった。

 

シーグムンド(Sigmund)

1061年クロンクのシグルドとゴッドレッドの母ゲルダの間に生まれた子供。オグムンドからすれば母違い、ゴッドレッドからは父違いの弟。3人は兄弟であり同時に大親友の間柄でもあった。1079年のオグムンドの死後は彼の後を引き継ぎゴッドレッド王の副王となる。1084年にはソルケルの娘ガーダ(Gertha)と結婚し、1089年に長男オグムンドを儲ける。1089年のノルマン人によるクロバンズ・ゲート侵攻では迅速にゴッドレッドのもとへ駆けつけソドー島側の勝利を導いた。1094年のノルマン人による侵攻の食い止めも彼なしでは成立しなかった。

1095年ゴッドレッドの死後、王の息子オラフ(Olaf)はまだ幼かったため、ダブリンからデュガルド(Dugald)という男がソドーとマンの統治者として派遣されたが島民たちはシーグムンドの統治に満足しており、王の代理はデュガルドには務まらなかった。1099年、ダブリン側が王子オラフをノルマン朝のヘンリー1世の宮殿で預かる事を決めたのを機にノルマン人と敵対していたソドー島民たちはソドー島はシーグムンドをソドー島の王に選出し、ダブリン、マン島からの独立を宣言。ノルウェー国王マグナス3世の協力により平和的離脱が保証された。王となってからシーグムンドは1016年に亡くなり、彼の王朝は1263年まで続いた。

 

アールズデールのシグリッド(Sigrid of Arlesdale)

1094年、ゴッドレッド・クロバン王が病に伏したのを見計らったノルマン人がソドーへの第二侵攻を始めたがカズ・ニー・ハウィンでそれを追い払ったのが彼女。

 

アーノルド・デ・ノーマンビー卿(Sir Arnold de Normanby)

14世紀末のソドー島の統治者。1399年、正式な支配権を持っていたパーシー家に反乱を起こし島全体の支配権を正式に手にする。1404年にソドー島はイングランドの傘下となるも、イングランドから権力が返還され、当時のクロンク修道院長と共に島の知事となる。この時、修道士でもあったアーノルドは修道院設立から当時までの歴史書を執筆していた(現在サドリーの資料館にて保管)。やがて彼はソドー島初代伯爵になり、その子孫の性はノランビーへと変っていく。

 

アルバート・レガビー(Albert Regaby)

フレデリック・レガビー卿(Lord Frederick Regaby)の息子で6代目ハーウィック卿として知られる。1864年生。1886年父の死後、彼の男爵領とクロンク修道院跡地を継承する。1899年からいとこのニコラス・ドレスウィックと共に歴史書の執筆にとりかかるり、ピール・ゴッドレッドにてオグムンド・サーガを、修道院の論文からウェルズワース書記、ケルソン家からデュスタンの記録を発掘。1912年にそれらをまとめた歴史書を完成。このコピーを初代海軍本部長ウィンストン・チャーチルに寄贈したことは1914年のふとっちょ重役の鉄道の設立に大きく関わることになり、ハーウィック卿は1915年から1934年までその鉄道の議長を務めた。1947年没。

 

ニコラス・ドレスウィック牧師(Rev. Nicholas Dreswick)

ハーウィック卿のいとこ。クロンク修道院にて療養中、図書館にソドー島の歴史に関する記録が一切ないことを知り、島中に広い交友関係を持つ卿が研究責任を持つこと条件にソドー島史の執筆を手掛ける。

 

 

 

これらの仲間たちは原作「汽車のえほん(The Railway Series)」関連資料本に登場する。大体のキャラクターの初出は1987年刊行の「Island of Sodor: Its People, History and Railways」になるが(因みにジョックの存在やハット卿が3人いることもこちらが初出)、以下のキャラクターは例外となる。

  • エルシーとコーヒーポッツの初出:「The Railway Series: Surprise Packet」(1972年刊行)
  • バリーの初出(?):「The Thomas the Tank Engine Man」(1995年の50周年時に刊行)
  • ピール・ゴッドレッドの電気機関車と4人目のハット卿の初出:「Sodor: Reading Between the Lines」(2005年刊行、オードリー牧師死後の初原作関連本)

 

 

関連商品

Island of Sodor: Its People, History and Railways

Island of Sodor: Its People, History and Railways

 

↑絶版

The Thomas the Tank Engine Man: The Story of the Reverend W. Awdry and His Really Useful Engines

The Thomas the Tank Engine Man: The Story of the Reverend W. Awdry and His Really Useful Engines

 

 ↑エピローグを加え現在も刊行中

↑よくわからない 

 

 

参照サイト:英語版トーマスwikia

この記事の画像の著作権はマテル・クリエイションズに帰属します。

 

 

次回予告

キック、タップ、キックタップ、絡み合う別世界

キック、タップ、キックタップ、奏で合う新世界。

 

 

 

*1:イングランド軍対ノルウェーのバイキングの戦い。結果はイングランド軍の勝ち